ぼくの20世紀少年
小学生低学年の時は家と学校の間のことしか知らない。高校生になってしまうと世の中をひねくれて見たり、斜に構えてしまう。
なんとなく世の中のことが分かりはじめ、それを純粋に楽しめ、疑いを持たず喜べるのは10歳から15歳ぐらいまでの限られた期間じゃないでしょうか。
私にとってこの期間に、「アポロ11号」があり、「大阪万博」があり、「恐竜100年」がありました。
先日「浦沢直樹読本」のインタビュー記事を読んで、共感する部分がたくさんありました。
私は初めて会った人と少し親しくなり歳を聞くと、「あ、(大阪)万博知ってるね。(あるいは、知らないね)」と言ってしまうクセがあります。(言われた方はあまりいい気持ちじゃないですね
)
何度も書いていて恥ずかしいですが、私にとってアポロ11号の人類初の月着陸と大阪万博は特別な出来事です。浦沢氏も言ってますが、心に深く打ち込まれた、それ以前・以後を分けるクサビのようなものです。
昭和36年生まれなので(当時9歳)、万博の本当の凄さが分かっていたかどうかわかりません。(地図ではどこに何パビリオンがあるか把握していたのに、現地では建物が大きすぎて、自分がどこにいるのか分からず、4歳上の兄に笑われた嫌な思い出がある・・・)それでも大阪に住んでいたので、開期中は4回連れていってもらえました。
しかし、本当に楽しめたのは、やはり当時10歳から15歳ぐらいの人だったんじゃないでしょうか。(当時20歳前後の全共闘世代は万博を敵対視していた。小学校の担任がそうだった)
浦沢氏は「東京オリンピックと万博を体感している世代は最強だ」と書いてます。そう言われれば現在55歳前後の人たちって元気な気がしますね。なんとなく分かります。きっと感性の違いを感じるんでしょうね。
私は最強の世代とは思いませんが、自分はすごくラッキーな世代だとは思っています。
よく私が大阪万博を例えるのに「東京ディズニーランドが半年だけ営業していたようなもの」と表現するんですが、その6ヶ月間にたまたま行けた幸運な人みたいなものです。
長い人生の中の、そのたった6ヶ月をどの年代で経験するかは、結構重要だと思います。
幼いと分からないし、歳取ってるとしんどいし(うちの親とか)、ただのデートコースでしかなかったり。
最近ではお台場のガンダムでしょうか。あのガンダムが二度と公開されなければ、プチレジェンドになると思います。「ええ~?見てへんの?ガンダムファンやったら、あれは見てないとアカンかったわ!」みたいな。(たぶんどこかに常設展示され、伝説にはならないでしょうけど)
色んなものが、どんどん良くなっていくのを生で見て体験できたラッキーな世代だと思います。
実は「20世紀少年」はまだ読んでないので、どんな話かあんまり知りません。(浦沢作品は「YAWARA]と「マスター・キートン」しか読んでません
)
でも「浦沢直樹読本」は面白かったですよ。読む世代で印象がちがうでしょうけど。
(このブログは「恐竜模型の世界」の一部です)
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コメント
私は大阪万博の歳に生まれたので、残念ながら知らない世代です・・・見たかったですね~。
10歳と13歳の子どもがいますので、この限定期間、特に大事にしないとですね!
浦沢作品では、私はPLUTOが好きです。
あっ、仕事いかなきゃの時間です
投稿: 自虐の女 | 2009年9月 3日 (木) 08時13分
その時期って、良くも悪くもなんでも純粋に受け入れられると思うんですよ。幽霊も素直に信じたり。UFOも絶対いるなんて。
「ノストラダムスの大予言」なんてその最たるもんですよね
でも良い意味で人生を決定づけるような出来事に遭遇できればラッキーなのかも知れませんね。
スポーツでも音楽でも芸術でも恩師でも。
投稿: カズやん | 2009年9月 3日 (木) 09時56分
こんばんは
私は大阪万博の頃は、父が転勤族だった為(京都府の田舎ばかりでしたが
)、京都府の峰山に住んでいて、町内の大イベントだったらしく、バスの貸切で行きました。
荒木さんより少々小さかったですが、キラキラした世界のパビリオンなどを見て「都会って、こんなすごいのかぁ\(◎o◎)/!」とすごいカルチャーショックを受けた記憶があります
あまりにもびっくりして迷子になり、テレビ電話で、近所のおじさんが現れた時などは感激のあまり泣いてしまいました。
私の住んでいた所は、とても田舎だったので、まさしく三丁目の夕日の頃の時代です。電話も交換手が出てきた程の田舎だったのです。
でも、そんな時代に育って良かったなぁと思います。
今の原動力になっている気がします。
アポロもすごかったなぁ
投稿: Yoshiko | 2009年9月 3日 (木) 20時37分
Yoshikoさん、こんばんは。
(ま、私のところもたいした違いはなかったですが…)
電話交換手の町から万博のパビリオンに移動とは、まさにリアル・タイムワープですね。
その経験って絶対貴重だと思いますね。
投稿: カズやん | 2009年9月 3日 (木) 21時17分
万博当時は高校生で、群馬から見たら大阪なんて外国みたいなものでしたから、当然行ってません(;o;)
テレビなんかで時々その様子は紹介されてましたが、直接体験できない、という意味では、現在の時点から資料映像などを通じて追体験するのと大差ないような気がします。
それにとってかわるのは、僕にとっては筑波万博だったのかもしれませんね。
投稿: TOM | 2009年9月 3日 (木) 23時58分
TOMさん、最強の世代じゃないですか!
)
TOMさんの「クサビ」って、何かの映画のような気がしますが。(か「コンバット」のようなTVドラマ? 勝手な印象ですが
私は海洋博も筑波万博も愛知万博すら行ってないんですが、唯一「天王寺博」と言うのにデートで行って、死ぬほどつまらなかった記憶があります。(花博は行ったかな?)
投稿: カズやん | 2009年9月 4日 (金) 00時40分
そうですかあ、10~15歳。
。
私も観たり(映画や展示もの等)がすきなのですが、親からはあまり影響受けなかったんですけど、
息子(小1)の好みや興味はよくわかるので
これから先、いろんなもの見せてあげたいです
投稿: ラムネ子 | 2009年9月 5日 (土) 17時55分
ラムネ子さん、コメントありがとうございます。
)
三つ子の魂百までって言いますが、私も小さい頃から、よく出来たミニチュアが好きでした。
(怪獣映画でも怪獣よりも壊される建物の方ばかり気になってました
だから恐竜やロケットが好きでも、実物大を作りたいと思ったことがありません。
息子さん、これから何に興味をもっていくか楽しみですね。
投稿: カズやん | 2009年9月 5日 (土) 20時00分