« 造型スタイル | トップページ | 可動仏像と物欲日誌 »

2012年1月31日 (火)

自己評価 造型師とアーチスト

先の日記の続きです。

よく「貴女は、いくらでヌードになりますか?」と言う企画で、わりとかわいい女の子が「10万円でOK!」とか、いかりや長助みたいな女性が「2億円でもイヤ!」とか聞きますね。
本心か冗談かは別にして、自己評価が異常に低い人間と、高い人間とは確かに存在すると思います。
AVに出る、援助交際をする、自傷行為のある女の子は自己評価が低いと聞いたことがあります。

さて、造型の世界ではどうでしょう?

私も含め、原型師、造型師を名乗っている人間は、総じて自己評価が低いように思います。
反対にアーティストを自称する人間は、自己評価が高いのではないでしょうか。

残念ながら私はアーティストの知り合いがいないので、以下は想像です。

仮にここに、伝統的な仏像を可動にするなりして、すごくスタイリッシュなフィギュアにした作品があるとします。

造型師はそれを商品の原型として販売会社に提供します。

アーティストはそれで個展なり展覧会で、世に発表します。

造型師はこう考えます。「ぼくの作っている程度の作品は、江戸末期や明治のころの職人が作った、超絶技巧の細工物の足元にも及ばない。まだまだもっと良いものを作らねば。」(想像)

アーティストの気持ちは私には分かりませんが、多分「俺はミケランジェロを超えたぜ~!」って思うんでしょう。(ちがう?)

私は自著にも書いていますが、恐竜模型を作って生活していますが、私より上手に恐竜を作れるひとは、世の中に星の数ほどもいると思っています。(たまたま違うものを作っているとか、才能に気が付いてないとか、世に出ることに興味がないとか)

ですから造型師はいつもこう思っています。「自分の代わりはいくらでもいる。だからがんばってもっと良いもの作らないと。」あるいは「こんなもの、誰にでも作れる。」とも。

アーティストはこう思ってるんでしょうか?「俺の代わりなんかこの世にはいない。」あるいは「これは俺にしか作れない。」

もちろん、これも単純に2つに分けられるようなことでないし、考察が浅いのも承知ですが、造型師に関しては、おおむね間違ってないと思います。
自己評価が低い、謙虚、自信が無いは、同義ではないにしろ相似かもしれません。

「山下信一 フィギュア作品集 The Figure Complex」(グラフィック社 2004年 絶版)という本のなかの山下氏(元海洋堂原型師)と空山基氏(セクシーロボのイラストで世界的に有名な)との対談で、空山氏が「原型師の才能は認めるけれど、責任とらないだろ。俺は(自分の作品に)言い訳しない。」と言っています。
面白い表現ですね。自信を持って責任を取れる作品を発表できれば、その時点で造型師も表現者なのかもしれませんね。

(このブログは「恐竜模型の世界」の一部です)

|

« 造型スタイル | トップページ | 可動仏像と物欲日誌 »

コメント

プロならどっちでもいーんじゃナイか、と。
モンダイはいつの時代にも蔓延する。「雑誌ありき」の制作崇拝のヤカラだとおもうよ。
特にAFVやフィギュアの世界。 メディアに乗せられ流行りのスタイルを盲信してるの。
いかにすれば○○氏の作風に近づけられるか! @@のキットに××のレジンパーツと△△のデカールを追加しましたぁ!。トカ トカ。
己がアイディアで、オノレのお手手で、自らの技量を最大限駆使しする。
他人の目線や評価を気にせず純粋に愉しむために造るというヒトが減ってきてるよね。
特にシニア。色トカリベットの数とか ね

恐竜、古代生物の造形ってトータルバランスを極めた者のみの世界だよ。 実在の標本模型や仏像にゃ想像力も解剖学的見地も不要。
アートでいうならトレスだよ。
博物館のホネホネに血と肉を与え、走らせ 咆哮させる。私が昔から尊敬する「ディノの荒木」氏サマだからこそ出来る世界。

(ネットってすごいよね、私がかつて衝撃を受けたTーレックスの作者。 恐れ多くのカシコミカシコミながら、おはなし出来るんだもん。)

投稿: apuro | 2012年1月31日 (火) 19時08分

あちゃ~ 照れます… coldsweats01
素直に嬉しいです。

でも可動仏像はスゴイですよ。もしかすると大化けする予感がします。だからよけいに気になるんですよね。

投稿: カズやん | 2012年1月31日 (火) 20時47分

以前、ちょっと話したような気のする著作権のことに関連しそうな話ですね。原型師には著作権がないっていう・・・。

もちろん、僕らみたいな著作権のおかげで飯が食える人間が、みんなアーティストだとは全然思いませんが、唯一無二であるからこその著作権、ともいえるわけだし^^;

とはいえ、僕らみたいな仕事はいくらでも替えが効きますし、やってる当人はみずからを「職人」とは思うかもしれないけど、たぶん「アーティスト」とは思っていないんじゃないかと思います。

モデラーの作風にも確かに流行り廃りがありますね。一昔前はMAX塗りとか流行ったし、AFVだとフィルタリングだシェーディングだと、聞いた事のないテクニックが花盛りみたいだし^^;

個人的には、コンテストの存在と、ヤフオクなどに於ける完成品販売の影響が大きいような気がします。やはり有名モデラーの作品に追いつけ追い越せ、という気持ちがなければ勝てないし、オクでも傾向の似た作品の方が売れるでしょうし。

ま、僕などどちらも関係ないので、勝手気ままに作ってますけどね(^^)

投稿: TOM | 2012年2月 1日 (水) 15時50分

その観点は欠落してましたが、おそらく原型師にも(ものによっては)著作権はあると思います。ただそれを主張しないし、行使もしないところに、奥ゆかしさというか自己評価の低さが現れているような。
気概を持った職人とアーティストって近いのかも。

投稿: カズやん | 2012年2月 1日 (水) 16時36分

うん 可動仏像はフィギュアとしては面白いよね。 私も欲しい。w
ただ、動を静に、静の中での動を、一瞬のキリトリの美である仏像。
それを好きにポージング出来るという、あるイミ陵辱的オモチャなんじゃないかな。 発想と着眼点、造形はスバラシイが、、。
でも欲しい。ww

>奥ゆかしさ・ なんて云ってちゃダメだよ!。 主張出来る事なら主張しないと。
中韓が狙ってるんだよ 虎視タンタンと。ニホンの技を。
奴らは真面目に腕が良い。恐ろしいほどに。
でも、オリジナルな発想が出来ないんだ。 
ユメユメ油断めさらぬよう、、。寝首を掻かれるゾ。

投稿: apuro | 2012年2月 1日 (水) 19時08分

買っちゃいましたよhappy01 これ、隠れた仏像の持つ魅力を引き出す面白いものになると思うんですが、apuroさんのご指摘どおり、弄ばれたらかないませんね。(2chとかに画像貼られそうですね despair

>主張しない

これが原型師の一番弱いところだと思います。
おそらく職人にしろ、アーチストにしろ、師匠や先達の知恵とか教えなんかでノウハウがあるんでしょうね。
個人の原型師はどうしても素人臭さが抜けていないのが現状だと思います。

でもホント、寝首を掻かれないように、しっかり主張し、行使しないといけませんね。

投稿: カズやん | 2012年2月 1日 (水) 20時01分

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




« 造型スタイル | トップページ | 可動仏像と物欲日誌 »